はじめての流血DV

      2016/09/04

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消えない傷。

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結婚当初から小さな暴力(DV)は度々あった。

お腹に娘がいる妊娠中もよく足を蹴られたり、腕を殴られたりしたから常にアザはあった。

さすがに、お腹は蹴らなかった。

アザはあったけど流血するようなこともなかったのだが・・・

息子の卒園式の思い出は、はじめての流血として残っています。

卒園式の前日の夜、DV夫とささいなことで口論になった。
一度怒らせたらもう止まらない。
DV夫の顔が般若のようになり、面倒なので、謝ろうとしたが遅かった。

懐中電灯で頭を思い切り殴られそのまま倒れ、顔一面が血まみれになった。

それでも私は明日は息子の卒園式だからまだ死ねないと起き上がり、DV夫に救急車を呼んでと懇願した。

その血の量を、見てさすがのDV夫もおろおろしていた。
でも近所の目を気にして救急車を呼ぶなんて、とんでもないことだったようだ。
「タクシーで行け」と私に千円札を握らせた。

付き添う気なんか全くなく、私はタオルで傷口を押さえ真夜中に一人でタクシーを捕まえ救急病院へ向かった。

結局額を、七針縫った。

タクシーの運転手も、病院の医師もただ事ではないと察したのか警察を呼ぶように促された。

「ただの夫婦喧嘩ですから」と答え、私は病院をあとにした。

家へ戻るとDV夫はイビキをかいて寝ていた。
その時は傷の痛みで、悲しいとか、憎いとかの感情はわいてこなかった。

ほとんど眠ることも出来ず、次の日息子の卒園式に出席した。

包帯をぐるぐるまいた姿を見て、回りのお母さん方はどうしたの?と聞いてくる。

夫にやられたなんて言えないから、「ちょっと転んでね」と言うしかなかった。

 icon-check-square-o 額に残った七針の傷と心の傷は、今も消えていない。

DV夫からごめんねの一言も、せめて「大丈夫か?」の、一言もなかった。

息子が小学生になってもDV夫の暴力暴言は止むことがなかった。

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